奈良検定

2013年9月10日 (火)

奈良市の姉妹都市

最近、アンケートで「奈良市の姉妹都市を知っていますか?」という質問があったので、調べてみた。

姉妹都市
  国内  郡山市(福島県)、小浜市(福井県)
  海外  慶州(韓国)、トレド(スペイン)、ベルサイユ(フランス)、キャンベラ(オーストラリア)

友好都市
  国内  太宰府市(福岡県)、宇佐市(大分県)、多賀城市(宮城県)
  海外  西安(中国)、揚州(中国)

とのことである。ちなみに「姉妹都市」と「友好都市」の違いは、
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1239929700217/index.html

■国外の場合


 中国以外の自治体との交流の場合は、「姉妹都市」という言葉を使います。
 日本の自治体と中国の自治体が交流を進める場合、「姉妹都市」という言葉を使うとどちらが姉でどちらが妹かという上下関係の問題が生じることから、「友好都市」という言葉を使います。
 

■国内の場合 


 日本国内の自治体同士の交流の場合は、「姉妹都市」と「友好都市」の言葉の使い分けに特に決まりはありません。
 奈良市では、歴史的なつながりの深さなどから、姉妹都市の前段階として交流を進めている
太宰府市(福岡県)宇佐市(大分県)多賀城市(宮城県)と友好都市提携を行っています。

だそうである。

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2012年1月 8日 (日)

奈良検定 受検者の皆さん頑張ってください

今日は奈良検定の試験日。

1年前は、まぁ無理だろうと思いつつソムリエ級を受検したのが思い出される。

昨年の地震以来、仕事が急激に忙しくなり図書館通いもすっかりご無沙汰になって、奈良の本を読む機会も、休日に奈良歩きをする機会も減ってしまったが、この季節になると「また勉強しないと」と一応思うから不思議なものだ。

読売新聞の奈良版に昨年12月25日から31日のベストセラー(但し近鉄百貨店奈良店調べなので極めて局所的なベストセラーだが・・・)が掲載されており、第2位に「奈良 地名の由来を歩く」という本がランクインしていたので、近くの本屋についつい探しに行ったのだが、残念ながら在庫はなかった。

しかし、この本、発売日は一昨年の4月のようで、何で去年の年末に突如近鉄百貨店でベストセラーに入るほど売れたのかが謎である。

奈良検定の追い込みで買った人もいるのかな?

 

いずれにせよ、奈良検定受検者の皆さん、日頃の努力の成果を発揮できることをお祈りしています。

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2011年5月14日 (土)

竹林寺、長弓寺

今日は実家での用事が終わった後、ふらふらと写真を撮りに竹林寺(生駒市有里町)と長弓寺(生駒市上町)へ寄ってきた。

竹林寺は行基の墓所がある寺である。辺りが竹林というわけではないのだが、「竹林寺」という名に因んでであろうが、竹の生垣と門の左右にタケノコが飾られていた。

また、この寺には忍性の墓塔もある。

行基が文殊菩薩の化身と信じられていたせいか、学業成就の絵馬が奉納されていた。

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下の写真は行基菩薩の墓所。

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長弓寺へはならやま大通り側から行ったのだが、駐車場に車を止めたもののどちらに行けば寺があるのかがわからず、右往左往してしまった。カーナビで位置を確認し、駐車場から下って行くと、やがて寺らしき建物が現れた。

長弓寺には本堂と4つの塔頭(薬師院、円生院、法華院、宝光院)がある。

蓮池の横を通り、階段を上がると長弓寺本堂がある。今まで本堂だけの写真を本で見ただけで、なぜか平坦な境内に本堂があるというイメージを持っていたのだが、全く想像と違うお寺であった。

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長弓寺本堂。反りの綺麗な檜皮葺の屋根である。

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2011年3月27日 (日)

またも71点

今回は無理だろうと諦めていた奈良検定だが、昨年の1級に続き、今年も71点で合格していた。

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四択が30問中19問(38点)だったので、記述問題で33点も頂けたようだ。

認定支援セミナーを受講していて良かった・・・というのが素直な感想である。セミナーで聞いたことをもとに問題を予想し、200字と400字の記述例をいくつか用意しておいたのが、まさに役に立ったとしか言いようがない。

しかし、これでペーパーソムリエがここに1名誕生してしまった。

山の辺の道を歩いたことがない。當麻寺にも行ったことがない。長谷寺にも行ったことがない。室生寺、安部文殊院、談山神社、橘寺、岡寺、中宮寺、新薬師寺、白毫寺、円成寺、正暦寺・・・、全く現地を知らないのである。

ソムリエの名に恥じないよう、これからが勉強の始まりなのだろう。

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2011年3月 7日 (月)

川路聖謨の「植桜楓之碑」

今日の奈良新聞のウェブサイトのトップページは、

 功績たたえ桜植樹 - 奈良公園の基礎作った川路聖謨

という記事だった。

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6日、数千株のサクラやカエデを植えて奈良公園の基礎をつくった幕末の奈良奉行、川路聖謨(かわじ・としあきら)の功績をたたえようと興福寺「52段」西側に桜の記念植樹が行われたようだが、この記事を読んで今年の奈良検定ソムリエ級の200字記述問題を思い出した。

問題は、『川路聖謨の「植桜楓之碑」について』であったが、全く聞いたことのない名前だったので一瞥しただけで他の問題にとりかかったのだ。

その後、猿沢池から興福寺への石段を登ったところに碑があるらしいということまでは知ったのだが、奈良新聞のウェブサイトのトップページに記事を載せられては、もう少し調べざるを得ない。

川路聖謨は、1846(弘化3)年から1851(嘉永4)年まで奈良奉行を務め、東大寺と興福寺の境内に数千本の桜や楓(かえで)を植えるなど奈良の景観づくりにも尽力し、今日の奈良公園の基礎を築いたらしい。

さらには、古墳や古社寺の調査や奈良町の環境整備、産業開発にも尽力されたとのことだ。

ただ、奈良奉行在任中の善政は彼の生涯の中での一部に過ぎず、江戸幕府の勘定奉行として活躍された人のようで、吉村昭著の「落日の宴」の主人公でもあるようだ。不勉強にしてこれまで全く名前すら聞いたことがなかったが、かなり有名な人なのである。

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2011年2月22日 (火)

奈良検定1級、2級合格発表

奈良商工会議所のウェブサイトに今年1月に行われた第5回奈良検定の合格者数が発表されている。

それによると今回の合格率は1級77.2%、2級73.2%とこれまでの記録を大きく上回る大盤振る舞いだ。

ちなみに過去の合格率は、
 第4回 1級 33.9%  2級 35.1%
 第3回 1級 44.0%  2級 55.8%
 第2回 1級 29.2%  2級 34.9%
 第1回            2級 39.4%
となっており、特に今回の1級の合格率は前回のほぼ倍である。

今年から過去問からも出題されるようになったし、自分も解いてみて昨年より易しいなと感じていたので、合格率は上がるだろうとは思っていたけど、ちょっとバラつき過ぎじゃないですか?

もうちょっと難易度の調整ができないと、「合否は時の運」になってしまって白けてしまう人もいると思うんだがなぁ。

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2011年1月10日 (月)

奈良検定受検

無謀にも申込んでしまった奈良検定ソムリエ級の試験を受けてきた。

 選択式(4択) 30問×各2点
 記述式(200字) 2問×各10点
 記述式(400字) 1問×20点

の合計100点満点で、合格基準が70点のところ、自己採点では選択式で30問中19問しか正解しておらず、合格はまず無理な状況だ。

記述式の対策に気をとられ、1級を71点でギリギリ合格という選択式の学習が疎かになったことが敗因であろう。何より、このブログで整理をしておきながら、すっかり忘れてしまっていた内容が多かったのがショックであった。

例えば、

(4) 『大和名所図会』などにも紹介された南都八景の組み合わせに無いものはどれか。
 ア.東大寺-鐘  イ.春日社-藤  ウ.三笠山-雪  エ.佐保川-蛍

 → 1年前に南都八景を取り上げたにもかかわらず、エを選択(正解はイ)。

(23) 大和野菜のうち「片平」の名を冠された野菜はどれか。
 ア.奈良市で栽培されるズイキ
 イ.五条市や吉野郡で栽培されるミョウガ
 ウ.宇陀市で栽培されるゴボウ
 エ.山添村で栽培される赤いカブ

 → 一昨年の年末に大和野菜を取り上げたにもかかわらず、ウを選択(正解はエ)。

など、試験会場で「あぁぁ勉強したのにぃ」と頭を抱えてしまう状況であった。

更には聖林寺の十一面観音立像を木造と間違えてしまうなど(正解は乾漆造。木心乾漆造と選択肢に書いてあれば少し悩んだかもしれないが、乾漆造=脱活乾漆造と思い込んでしまったのが、と一応言い訳。)、これでは1級すらおぼつかないのでは?という成績であった。

もうちょっと基本的なところから、勉強しなおさなければ・・・。

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2010年11月17日 (水)

奈良検定受検申込

14日の日曜日、奈良まほろばソムリエの認定支援セミナーを受講したついでに、受検申込をしてしまった。

これから、来年1月9日まで気合を入れて勉強せざるを得なくなったのである。

しかし、ソムリエに合格するには机上の勉強だけではダメなのである。現地を訪れて、自分で歩いて、見て、感じて、それを独自性を持って表現できなければ400字論文は書けないのである。

昼休みに受検申込みをした後に、そんなこと言われたって・・・。

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2010年11月 7日 (日)

西国薬師四十九霊場など

奈良検定の公式テキストを読んでいると、寺の説明の最後に、「寺は西国薬師第○番札所である。」などという記述が目につくので、整理をしてみる。

まず、巡礼として最も歴史が深い西国三十三ヵ所であるが、これは観音菩薩を巡礼するもので、奈良県内の札所は

 第六番 壺坂寺 (千手観音)
 第七番 岡寺 (如意輪観音)
 第八番 長谷寺 (十一面観音)
 第九番 興福寺南円堂 (不空羂索観音)

の四箇所である。

次に西国薬師四十九霊場巡りであるが、この四十九霊場会は平成元年に結成されたもののようだ。このような新しい霊場巡りが奈良検定の公式テキストに記載されているのに若干違和感を覚えるが、それはさておき奈良県内の札所は、

 第一番 薬師寺
 第二番 霊山寺
 第三番 般若寺
 第四番 興福寺東金堂
 第五番 元興寺
 第六番 新薬師寺
 第七番 久米寺
 第八番 室生寺
 第九番 金剛寺(五条市)

の九箇所である。

次に新西国三十三箇所。これは1932年に大阪時事新報、神戸新聞、京都日日新聞の三都新聞連合の企画により読者の人気投票に基づいて選定された33箇所の観音霊場をはじまりとするものとのこと。奈良県内の霊場は

 第九番 飛鳥寺 (聖観音)
 第十番 橘寺 (如意輪観音)
 第十一番 當麻寺 (當麻曼荼羅)

の三箇所である。

さらに、公式テキストの大善寺の項(p218)には「大和新四国八十八ヶ所の七十三番札所である。」との記載がある。でこれも調べてみると、どうやら五条、吉野の八十八ヶ所の霊場のようである。ということは、おそらくそのほとんどが奈良県内にあるわけだ。その七十三番札所ということを公式テキストに書いて、覚えさせるつもりなのか???

これはスルーして最後に関西花の寺二十五ヶ所を整理しよう。これは1993年(平成5年)に結成されたもののようだ。

 第17番 般若寺 (コスモス、山吹、紫陽花)
 第18番 白毫寺 (五色椿、萩、寒桜)
 第19番 長岳寺 (ヒラドツツジ、かきつばた、紅葉)
 第20番 石光寺 (牡丹、シャクヤク)
 第21番 當麻寺西南院 (しゃくなげ、牡丹)
 第22番 船宿寺 (ヒラドツツジ、さつき、しゃくなげ)
 第23番 金剛寺 (牡丹、小菊)

の7カ所が奈良県内にある。

前回の1級の試験では、

 「西国薬師四十九霊場」の第七番札所になっている真言宗御室派の寺院はどれか。
  ア.元興寺  イ.久米寺  ウ.新薬師寺  エ.室生寺

という問題があっただけに軽視はできないのだが、覚える必要ありますか?

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2010年10月 2日 (土)

転害門

最近更新が滞っているが、奈良検定認定支援セミナーの受け付けも始まったし、そろそろ検定の準備を加速しなければ・・・

さて、最近検定に向けて図書館で奈良関連の本を借りてきているので、備忘のためにいくつか書き写しておこう。

(「奈良伝説探訪」から)

転害門

聖武天皇の時代に大仏開眼供養の導師として菩提僧正(菩提遷那)が天竺から招待された。その菩提僧正が奈良に到着した際に、行基がこの門の待ち受けて門の中から手招きした。その恰好が手で物を掻くようであったことから、テガキ門といったのが転じてテガイ門になったという。

また、転害門は景清門とも呼ばれているらしい。これは、

「平景清は平家一門の恨みを晴らそうと、平家の南都焼き討ちの際に焼き払われた東大寺大仏殿再建の落慶法要のために上洛した源頼朝を暗殺するために、転害門で待ち伏せて機会を窺っていた。ある時、大仏のお供え物の飯を盗んで食って潜んでいると源氏方の武将に見つかり、捕らえられて頼朝暗殺計画は失敗に終わってしまった。その後景清は改心し、新薬師寺の東の隠れ家に住む母に自分の身代わり地蔵を作って手渡し、「この眼があれば、また頼朝を討ちたくなるかもしれぬ。」と言って両眼をくり抜き井戸に棄てて出家した。」

という話がもとになっているそうである。

餅飯殿町

役行者が大峰山上嶽開山の後、約二百年たったころ、山中の阿古滝に大蛇が住み、しばしば危害を与え大峰の霊場が荒廃した。そこで理源大師聖宝が勅命を受け、奈良在住の先達で武勇に富む箱屋勘兵衛を供に連れて百螺岳(ひゃくかいだけ)に登り、大螺を吹き鳴らして大蛇を呼び出し、大師が法力をもって大蛇を呪縛し、箱屋勘兵衛は大鉞をふるって両断した。この法螺と蛇骨は、理源大師が復興した大峰山の鳳閣寺の寺宝となっている。

さて、勘兵衛が奈良から鳳閣寺へ理源大師のご機嫌伺いに参上のつど、大師好物の餅・飯などを持参したので大師は勘兵衛を「餅飯殿」とたわむれに呼ばれたことから、その勘兵衛の居住地が餅飯殿町となったそうである。

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